東京高等裁判所 昭和28年(ネ)1984号 判決
控訴代理人は原判決を取消す、被控訴人等は控訴人に対し別紙目録<省略>記載の建物のうち同目録記載の各部分を明渡すべし、訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人等代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、控訴人の本件建物所有権の取得の経過について、昭和二十一年七月二十二日控訴人と訴外小川宮之助との間に右訴外人において右建物を建築すべく、その完成と同時にこれを代金一万二千円で控訴人に売渡すべき旨の約定ができ、右訴外人は同年十月一日建築を完成して直ちに所有権を控訴人に移転したものである、と釈明し、なお、仮に被控訴人等が控訴人の建物所有権の取得につき登記の欠缺を主張し得る第三者に該当するとしても、被控訴人等は右の如く控訴人と訴外小川間の約定に基づきその所有権が控訴人に移転したことを本訴提起前の昭和二十六年九月十三日に認め、以て、控訴人の登記を伴わぬ建物所有権取得の効力を認めたのであるから、控訴人は被控訴人等に登記なくして所有権取得を対抗し得るものである、と附加主張し、被控訴人等代理人において、被控訴人千本松の賃借の時期を昭和二十二年六月中と、同松島の賃借の時期を同年四月中と各訂正し、控訴代理人主張の被控訴人等において登記欠缺主張の利益を放棄した事実を否定した外はすべて原判決の事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
(一) 控訴人の本件建物所有権取得の有無。
成立に争なき甲第一号証の一ないし四に原審における控訴本人の訊問の結果と原審証人小川宮之助の証言を綜合すれば昭和二十一年七月二十二日控訴人と訴外小川宮之助との間に同訴外人において控訴人所有の宅地上にその主張の本件建物を二ケ月以内に建築し、建築完成と同時にこれを控訴人に対し代金一万二千円で売渡すべく、控訴人は右売買により所有権を取得すると同時に同訴外人に対し右建物を控訴人主張のような定で賃貸する旨の約定が成立した事実及び右建物は同年十月十五日建築完成し右訴外人は控訴人に対し同年十月分以降の約定賃料を支払つていた事実がそれぞれ認められるから控訴人は同年十月十五日右訴外人から右建物の所有権を取得し、同時にこれを同訴外人に賃貸したものと認むべきである。(原本の存在とその成立につき争なき乙第五号証の一ないし四によれば訴外小川から控訴人に対し昭和二十一年十二月二十四日附の建物売渡証書が交付されていることが、又成立に争なき乙第六号証によれば訴外弁護士中沢喜一等がかつて控訴人を代理して提起した別訴の訴状において控訴人が代金支払を了した右同日に訴外小川から本件建物の所有権を取得した旨主張したことがそれぞれ認められ、これ等は控訴人の建物所有権取得の時期に関する前記認定と牴触するけれども冒頭掲記の各証拠と対比すれば前者の日附は単なる代金受領の日を示す意味を持つものに過ぎずしてその日附の日にはじめて建物の売渡がなされた証拠として採用できないものであり、又後者は誤解に基づく主張で真相にそわないものと認めるのが相当であつて、何れも前記認定を左右する資料とはなし難く、成立に争なき乙第十号証の二の供述記載中本件建物の所有権が昭和二十二年二、三月頃訴外小川に属していた趣旨の部分は信用することができない。)
(二) 被控訴人等の占有とその権原。
被控訴人等が控訴人主張の建物各部分を現に占有していることは被控訴人等の認めるところであり、次に右各占有部分が独立家屋としての構造を有すること及び被控訴人三田を除く各被控訴人及び右三田先代孝次郎がそれぞれ当該被控訴人及び被控訴人三田の各占有部分を訴外小川から賃借したことは当事者間に争なく、原審証人小川宮之助の証言、原審における被控訴本人松山景敏、天野新吉、千本松鶴八、木田長吉、松島政重の各訊問の結果を綜合すれば右賃貸借はそれぞれ被控訴人等主張の頃被控訴人千本松、松島の分については期間の定なく、その他の分については期間三ケ月の定で結ばれたものであり、そして賃借人等は本件建物を訴外小川の所有と信じ、従つて単純な賃貸借の意思を以て賃借したものであることが認められるところ、被控訴人千本松、松島以外の関係の賃貸借については賃借期間は借家法の規定により期間の定なきものとなり、なお、被控訴人三田先代孝次郎が昭和二十四年十一月三日死亡し同被控訴人においてこれを相続し賃借人たる地位を承継したことは控訴人の認めるところであるから、要するに、被控訴人等の占有は控訴人の本件建物の所有権取得後に前主たる訴外小川から各占有部分を単なる賃貸借の意思を以て賃借したる(その賃貸借は期間の定がない。)によるということになる。
(三) 控訴人の建物所有権取得は被控訴人等に対抗できるか。
控訴人が(一)認定の所有権の取得につきその登記を経ていないことはその認めるところであるから右建物につき(二)で認定した如き関係にある被控訴人等に対し、被控訴人等において登記欠缺を主張する利益を放棄したのでなければ、その所有権の取得を以て対抗できないことは明白である。
次に(1) この点についての控訴人の被控訴人等が登記の欠缺を主張する正当な利益を有しないものであるとの主張について検討した上(2) 控訴人主張の如く被控訴人等において登記欠缺を主張する利益を放棄した事実があるかどうかについて判断する。
(1) 控訴人は本件建物は控訴人において訴外小川からその所有権の移転を受け、これを同訴外人に賃貸したものであるのに、小川は控訴人の承諾なくして右建物の各部分を被控訴人等に転貸したのであるから被控訴人等の賃借は控訴人に対抗し得ない不法のものであるし、更に控訴人は無断転貸を理由に右小川に対する賃貸借を解除したから被控訴人等の転借権は消滅し被控訴人等の占有は全く法的根拠を失つた不法のものとなつたのであり、従つて被控訴人等は不法占有者として登記の欠缺を主張する利益を有しないと主張する。しかし、この主張は一面において物権の移転があつた場合に前主と有効な取引関係に立つている者は対抗要件の欠缺を主張し得る正当な利益を有する者であることを忘れた主張といわねばならぬ。又見方をかえて考えれば次のような過ちに陥つた論といえるであろう。即ち控訴人は訴外小川から建物所有権を取得し、これを同訴外人に賃貸したところ右小川が被控訴人等に賃貸したから転貸借であると主張するに対し、被控訴人等は控訴人の右所有権取得を否認し、所有者たる右小川から単純に賃借したと主張する本件においては、控訴人の建物所有権取得の有無が即ち被控訴人等の賃借を転貸借となすべきか否かを決するものであり、次にその所有権の取得を被控訴人等に対抗できるかどうかが即ち転貸借たることを被控訴人等に対抗できるか否かを決するものといわねばならぬ。従つて所有権取得の登記なきに拘わらず、転貸借たるの効果を被控訴人等に及ぼし得ることを当然のこととしてこれによつて被控訴人等を登記の欠缺を主張する正当の利益を有しない者であるとする控訴人の所論は、一言にしていえば、被控訴人等に対しては登記なくして所有権の取得を対抗し得るが故に被控訴人等は登記の欠缺を主張する正当の利益を有しないというのと変ることなく、本末顛倒、問に答えるに問を以てする論といわねばならぬ。
要するに、本件においては被控訴人等を登記の欠缺を主張する利益を有しないものとする控訴人の主張は採用できない。
(2) いうまでもなく、物権変動の事実を事実として認めることと、対抗要件の欠缺するに拘わらず物権変動の効果が自己に及ぶことを承認するいわゆる対抗要件の欠缺を主張する利益を放棄するということとは別のことに属する。そして成立に争なき甲第四号証、第五号証の一、二はたかだか、被控訴人等において被控訴人の訴外小川からの本件建物所有権取得の事実を認めたということを認定する資料となり得るに止まり、決して控訴人主張の如く被控訴人等において対抗要件欠缺の主張の利益を放棄したことを認める証拠となり得るものではなく、他に控訴人のこの主張を認むべき証拠は存しない。
従つて控訴人は本件建物についての所有権の取得を以て被控訴人等に対抗できないものといわねばならぬ。
(四) 結論
以上の如く控訴人は本件建物についての所有権取得を以て被控訴人等に対抗できない関係にあることが認められるから、被控訴人等に対しその所有権に基づきこれが明渡を求める控訴人の請求はその他の点について判断するまでもなく失当として棄却すべく、これと同趣旨に出た原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条第一項により本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して主文の如く判決する。
(裁判官 薄根正男 奥野利一 古原勇雄)